色のある毎日をつくる Vol.02

スタイリスト伊藤まさこさん× FARROW&BALLブランドディレクター秋山千惠美
家具の色、カーテンの色、壁の色……さまざまな色に囲まれた私たちの日常。
でも、本当に好きな色を選べていますか?
スタイリスト・伊藤まさこさんが提案する、「もっと」色のある日々。
それは、誰でもきっと実現し、実感できる豊かさと愉しみです。
Vol.2 選ぶことは、自分を解放すること
ついつい無難な白を。でも、本当に好きなのは?
伊藤 私、秋山さんが子どもの頃に、家にあった熊の置物をピンクに塗っちゃった話が大好きなんです。
秋山 ああいうのって黒っぽくて重くて、子どもからすると怖いじゃないですか。だから最初は目とか耳の部分だけ塗ってるうちに、「全部やっちゃえ!」って(笑)。今思うと、ポップアートですよね。幸い、両親が「これもいいね」と言ってくれたので。
伊藤 そこで「何してるの!」って叱らないご両親も、すばらしいと思います。
秋山 生まれは長野県で、諏訪湖や八ヶ岳が近くにある、築100年くらいの古い家でした。でも最初は、自分の家のような茶色くて暗い家じゃなくて、真っ白くてパキッとした明るい家に憧れたんですよ。お友だちの新築のお家に行くたびに「いいなぁ」って。
伊藤 どうして日本の家の壁は白が多いんでしょうね。障子が白かったから?
秋山 最初は、戦後の欧米化の影響でしょう。戦争に負けて家の中もどこもかしこも暗かったから、そこから抜け出したいと。スーパーマーケットとかも、昔は蛍光灯がパーッと点いてて、真っ白だったじゃないですか。
伊藤 なるほど。明るいことが豊かさなんだと。
秋山 あとは、やっぱり無難だから。たとえば、日本で家を建てるとすると、とにかく何十箇所も色を選ばなきゃいけないんですよ。壁にしても、もう壁紙ありきで、「この中から選んでください」ってハウスメーカーの人からドサッと渡されて。
伊藤 最初は一所懸命選んでいても、そのうちに朦朧としてきて、どうでもよくなっちゃいそう(笑)。
秋山 そうなんです。だから白を選ぶ。あるいは、自分で選べないからプロに選んでもらうんですが、そのプロが自分の好きなものを聞いて選んでくれているかどうかも、微妙なところで……。
伊藤 で、何十年か住んだ結果、「本当はイヤだった」と。
秋山 でも、本当は選べるんですよ。当社でも、最初の頃はいらしたお客さまに色見本をお渡しして、「この中から好きな色を10色選んでください」とお願いしたんです。そうすると、たいていの方は、その方に似合う色を選ばれます。
伊藤 へぇーっ。
秋山 たまに冒険心旺盛な方もいらっしゃいますけど(笑)。でも、好きな色と似合う色が合っている方も多い。そういう方は、決まっておしゃれな方です。
自分だけの心地いい景色を、勇気をもって
伊藤 そういえば以前、知り合いから「とにかくおしゃれな家に住みたい」と、アドバイスを求められたことがあったんです。でも、話してみると、漠然とおしゃれな家といっても、実はどういう家がいいのかがイメージできていないようで……。だから「これからどう暮らしたいのか、まず家族と話し合ってみて」と伝えました。
秋山 住宅メーカーから間取りも何もかも決められていると、そこでどう暮らしたいか、ご自分で選択できなくなるのかもしれませんね。壁の色選びひとつとっても。この仕事をしていてよく聞かれるのが「私の選んだ壁の色、変じゃないですか?」ということ。他人の目から見てどうかと、すごく気にされています。
伊藤 でも、自分で選んだら、自分で責任が取れるじゃないですか。人生って選択の連続だから、コップひとつ、お箸ひとつ、日々選んでいるわけで。つい手に取るものとか、いいなと思うものって、説明はできなくても、きっと理由があると思うんですよね。それを集めていくと、こういうものが好きなのかと知るきっかけにはなると思うんですが……そうやって、器からテーブル、椅子、カーテン、壁の色と、ゆくゆくは全部が自分の好きなもので囲まれるようになると、幸せなんですけど。
秋山 そうですね。当社のスタッフの娘さんが、幼い頃に自分の部屋を鮮やかなピンクで塗りたいと言ったことがあったんです。スタッフが塗ろうかどうか迷っていたんですが、私は「ちゃんと塗ってあげなさい」と言いました。そうしたら、遊びに来る友だちも、祖父母もみんな褒めてくれて、彼女は「私は色選びの天才だ!」と。自己肯定感がすごく高まって、選ぶことが怖くなくなったんだそうです。
伊藤 わぁ。すごく勇気が要ったでしょうけど、挑戦してよかったですね。
秋山 でも、こうした経験を持つ人が、まだまだ日本には少ないんですよね。だから、選べない。
当社では色の専門家がリノベーションの際の色選びをサポートする「カラーコンサルタンシー」というサービスを実施していますが、そこでも、共感してくれる相手を必要とされているのだなということがよくわかります。
そして、私はこれが好きなんだと、選んでいくうちにご自身を解放していく感じ? というんでしょうか。
伊藤 景色のいい家で、きれいに心地よく暮らしたい。その思いは、皆さん同じですもんね。だから、いつ、どんな場面でも「どうしてこれを選んだのか?」というところまで、ご自身の中で問えるようになっていただけたら……うーん、やっぱり意識ごと変えていけたら!という気持ちが湧いてきました。
秋山 そうですね。私たちがそうしていただいたように、伊藤さんとご相談しながら、自分の暮らしの色を発見できたらすてきだと思います。

リノベーション前の熱海のマンションで1階の壁の色を検討中の伊藤さん(右)と秋山(左)。

壁紙やカーペットの見本を壁に当てて、地階の壁紙を検討中。

地階のカーペットはドイツのテキスタイルブランド「JAB CARPETS」の〈LEGEND3699-493〉に決定。

熱海の部屋の色イメージに合わせて、家具を塗装。
子ども用の椅子には〈No.295 SULKING ROOM PINK〉を。

キャビネット(左)には1階の壁と同じ〈No.249 DE NIME〉を。茶箪笥にはマスキングを施してから、対面の壁に塗った〈No.274 AMMONITE〉を塗っていく。

「得意ではないですが、私も挑戦したことがあります。F&Bのペンキは、初めてでもきれいに塗れるんですよ」と伊藤さん。

リノベーションが完成した室内に、同じく塗装済みの家具を配置し、スタイリングする伊藤さん。
スタイリング完成写真はVol.1に。
取材・文/大谷道子
伊藤さんプロフィール写真撮影/有賀 傑
プロセス写真撮影/株式会社カラーワークス

いとう・まさこ/スタイリスト
1970年横浜生まれ。著書に『ザ・まさこスタイル:あたまからつま先まで』(マガジンハウス)『おいしい時間をあの人と』(朝日新聞出版)『まさこ百景』(ほぼ日)『あっちこっち食器棚めぐり』(新潮社)『する、しない。』(PHP研究所)など著書多数。Webサイト「weeksdays」では、自らセレクト・プロデュースした衣食住にまつわる品を紹介、販売している。https://www.1101.com/n/weeksdays/

秋山 千惠美/FARROW&BALLブランドディレクター
Farrow&Ball日本総代理店カラーワークスの副社長兼Farrow&Ballのマーケティングディレクター。色でブランドを作る。伝える。を軸に 住宅から、店舗まで空間のカラーデザイン、企業のブランディング、商品開発など、幅広く活躍するカラー・コミュニケーションデザイナー。 色彩を研究・分析する アメリカのカラー マーケティンググループの日本人唯一のボードメンバーとして、海外でも活躍中。一般社団法人日本カラーマイスター協会の代表理事も務める。